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Introduction ::::::::::
山奥の製材所の経営者・杉野には許嫁を残して家出した息子・浩一郎がいた。浩一郎はヴァイオリニストになることを夢見て東京に出ていたが音楽界を追われ、妻・娘を連れて故郷に戻ろうとする。しかし父は息子を許さず、浩一郎一家はクリスマスにも飢えることになり…。
初期の松竹に芸術を持ち込んだ小山内薫(おさない・かおる)が主宰した松竹キネマ研究所の第1回作品。日本映画(現代劇)の原点となった作品がこの『路上の霊魂』。
21年はまさに新しい日本映画が産まれた年でもある。
1916年(大正3年)大正デモクラシーを推進していた文学者たちが同時代の日本映画への批判をこめてあらたに「純映画運動」に集結。中心となったのは映画青年の帰山教正、作家・谷崎潤一郎、新劇作家の小山内薫と田中栄三らであった。その成果が1919年の『生の輝き』や20年の『アマチュア倶楽部』だが、ハリウッドからはグリフィスの『イントレランス』や既に人気のあったチャップリンらのモダンで斬新な作品の影響で日本映画も変革せざる得ない時代となっていた。こうして日本に初めて「女優」が誕生する。チャップリンのいたエッサネイ社で働いていたトーマス栗原やトーマス・インスのスタジオで俳優もしていた、ヘンリー小谷らのハリウッドから帰国した映画人たちがここに加わり、日本映画は大きく進化することになる。
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